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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)780号 判決

原告(反訴被告)

株式会社杉野百貨店

右代表者

杉野光雄

右訴訟代理人

二神俊昭

〈外二名〉

被告(反訴原告)

相原実

右訴訟代理人

中村忠純

主文

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金二、三二〇、二八〇円及びこれに対する昭和四六年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

被告(反訴原告)の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴、反訴を通じこれを三分し、その二を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は、主文第一項につき、原告(反訴被告)において、金七〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という。)訴訟代理人は、本訴につき、「被告(反訴原告、以下単に被告という。)は、原告に対し、金七、二五六、〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴につき、「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本訴の請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和四三年七月一一日被告から数量を指示して、別紙物件目録(一)、(二)記載の土地(以下本件(一)、(二)の土地という。)を3.3平方メートル(一坪)当り、代金七六、〇〇〇円で合計金一二、九九六、〇〇〇円で買受け、右代金を次のとおり支払い、昭和四五年三月一二日横浜地方法務局川和出張所受付第八七四九号をもつて所有権移転登記を受けた。

(一)  昭和四三年七月一一日

金四、五四八、六〇〇円

(二) 同年一一月一日

金四、五四八、六〇〇円

(三) 昭和四五年三月一二日

金三、八九八、八〇〇円

二、本件売買は、被告の指示により3.3平方メートル(一坪)当りの単価を決め、それに被告の指示した面積を乗じて売買代金が算出されたものであり、原告は被告の指示どおりの面積があるものと信じて本件取引をしたものであるから、まさに数量売買がなされたものである。ところが、その後昭和四五年六月一〇日原告が本件(一)、(二)の土地を測量した結果、本件(一)、(二)の土地は、565.28平方メートル(一七一坪)に149.93平方メートル(45.35坪)の不足がある事が判明した。

三、そこで、原告は被告に対し、昭和四六年三月一九日付同月二一日到達の書留内容証明郵便をもつて、本件売買代金一二、九九六、〇〇〇円のうち、本件(一)、(二)の土地の不足坪数に相当する代金三、四四六、六〇〇円の減額を請求した。従つて、被告は原告に対し、右金三、四四六、六〇〇円を不当利得として返還する義務がある。

四、ところで、被告は本件売買契約締結当時、本件(一)、(二)の土地面積が不足していることにつき悪意または重大な過失があつたものである。即ち、

(一)  被告は、本件売買直前である昭和四三年中に、本件土地を駐車場にすべく、自らの手で埋立工事を行ない、隣接する中山町字煎河内五八七番、同所五九九番とは段差をつけ、柵でもつて境界を設置している。

(二)  しかるに被告は、訴外宗教法人天理教大弘分教会(以下単に訴外天理教という。)に売渡した土地と本件(一)の土地との境界については、明確にしておかなかつた。

(三)  更に、被告は、原告に対し、本件売買に際し、本件(一)、(二)の土地の境界を明確にせず、特に、訴外天理教の五七五番側との境界は全く指示しなかつた。

(四)  被告は、昭和三七年二月四日本件(一)の土地のうち北側四九平方メートルを訴外天理教に売却していながら、これを原告に隠して本件売買契約を締結した。

(五)  以上の事実からみて、被告が農林省から本件各土地を買収後も継続してこれを管理していたことが明らかである。

(六)  被告は、訴外天理教に前記土地を売却の際、その面積を四九平方メートルと特定している以上、既に昭和三七年当時、測量をし、本件(一)、(二)の土地の面積不足を熟知していたものと考えられる。

以上の各事実より考えれば、原告は、本件売買に際し、本件(一)、(二)の土地の面積が、訴外天理教に売渡した四九平方メートル以外にも不足することを熟知しながら、敢えてこれを隠し、登記簿上の面積合計565.28平方メートルあるかの如く装い、原告に本件土地を売渡したものというべきである。仮りに、被告に右のような悪意がなかつたとしても、被告は、本件(一)、(二)の土地を長年管理し、本件(一)の土地の一部を既に他に売却しておきながら、そのことを隠し、本件売買契約直前埋立工事までしているにもかかわらず、自己が売却した訴外天理教側との境界については不明確にしておき、かつ、売買に際し、その境界の指示もせずに、原告に慢然売却したものであるから、被告のかかる行動は、一般通常の売主としての注意義務を甚しく欠いたもので、本件売買に関し、被告には重大な過失があつたものというべきである。

五、前記の如く、本件売買につき、被告に故意又は重大な過失があつた以上、被告は代金減額義務の外に面積不足分につき履行利益の賠償義務をも併せ負担すべきである。ところで、本件請求時の右土地の時価は3.3平方メートル当り、最低金一六〇、〇〇〇円であつたから、本件不足面積149.93平方メートル(45.35坪)では合計金七、二五六、〇〇〇円となり、これが原告が被つた履行利益の損害であるが、そのうち金三、四四六、六〇〇円は、代金減額として請求しているので、これを控除した残額金三、八〇九、四〇〇円が被告が賠償すべき損害額である。

六、よつて、原告は被告に対し、代金減額請求に基づく不当利得金三、四四六、六〇〇円と損害金三、八〇九、四〇〇円の合計金七、二五六、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四六年六月一三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

次に、被告の主張の抗弁並びに反訴請求の原因に対する答弁として次のとおり述べた。

被告主張の一の事実中、被告が本件(一)、(二)の土地の埋立を行なつたことは認めるが、その余の事実は不知、同二の主張は争う、本件売買が数量を指示してなされたものであることは前記のとおりである。同三の主張は否認する。

被告訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき、「原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、横浜地方法務局川和出張所昭和四五年三月一二日受付第八七四九号をもつて、原告のためになされた同月三日売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。原告は、被告に対し、右土地を明渡せ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、本訴の請求の原因に対する答弁及び抗弁並びに反訴の請求の原因として、次のとおり述べた。

原告主張の請求の原因一の事実中、本件売買が数量を指示してなされたとの点を否認し、その余の事実は認める。同二の事実中、本件売買代金が3.3平方メートル(一坪)当りの単価から算出されたことは認めるが、数量を指示してなされた売買であることは否認する。原告が本件土地を測量したこと及びその結果は知らない。同三の事実中、被告が原告主張の日にその主張の如き内容証明郵便を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。同四の事実中、被告が昭和四三年中、本件(一)、(二)土地を駐車場とすべく埋立を行つたこと、被告が本件(一)の土地の北側の一部四九平方メートルを訴外天理教に停止条件付で売渡したことは認めるが、その余の主張は争う。

一、本件(一)、(二)の土地は元来被告の先代亡相原忍が昭和二三年七月二日自作農創設特別措置法により農林省に買収されたもので、爾来、被告は本件(一)、(二)の土地の管理をしたこともなく、その実測面積もさだかでなかつたものである。しかして、昭和四三年に至り、農林省の買収地が、旧地主に払下げられるとの報に接し、被告は、同省の内諾を得て、前記のとおり埋立を行つたものである。

二、ところで、被告は、昭和四三年原告からボーリング場の敷地として、本件(一)、(二)の土地周辺の土地買収方を依頼されていた訴外臼井三敏から、本件(一)、(二)の土地を公簿面積で原告に売渡してくれと申込まれ、その結果本件売買契約を締結したものである。原告は、数量を指示した売買であると主張しているが、数量を指示した売買が、必ずしも実測売買とは限らない。本件売買は、公簿に基づく数量を指示した売買、即ち、公簿取引で、それ故に単価を公簿面積かけて総代金額を決定しているのである。従つて、公簿面積が契約面積よりも少ない場合には代金の減額請求を受けても致し方ないが、本件においては、契約面積と引渡した公簿面積に相違はないのであるから、原告の請求は理由がない。

三、被告が本件(一)の土地の北側四九平方メートルを訴外天理教に売渡したことは前記のとおりであるけれども、原告はこの部分についても所有権移転登記を完了し、対抗要件をも具備しているので、完全に右部分についての所有権を取得しているわけであるから、原告のこの部分についての減額の請求は理由がない。

四、被告の以上の主張が認められないとしても、被告は本件売買契約を締結する際、原告の代理人訴外臼井三敏の公簿取引ということを信じ、本件売買契約を締結したものであるから、原告の主張するように、本件売買が公簿取引でないとすれば、本件売買は契約の要素に錯誤があり無効である。

五、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がなく、本件売買は無効であるから、原告は被告に対し、本件売買を原因としてした前記所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、本件(一)、(二)の土地を明渡す義務がある。そこで、被告は、原告に対し、右各義務の履行を求めるため反訴に及んだ。

証拠として、〈以下略〉

理由

原告が、昭和四三年七月一一日被告から、本件(一)、(二)の土地を3.3平方メートル当り代金七六、〇〇〇円で合計金一二、九九六、〇〇〇円で買受け、同日代金のうち金四、五四八、六〇〇円、同年一一月一日金四、五四八、六〇〇円、昭和四五年三月一二日金三、八九八、八〇〇円を支払い、同日横浜地方法務局川和出張所受付第八七四九号をもつて所有権移転登記を受けたことは当事者間に争いがない。

原告は、本件売買は数量を指示してなされた売買であると主張し、被告はこれを争うので、まず、この点につき判断する。〈証拠〉によれば、本件売買は、3.3平方メートル(一坪)当りの単価が決められ、これに坪数を乗じて売買代金が決定されていることが認められる。〈証拠判断略〉。しかして、右認定の事実から考察すれば、本件売買は、いわゆる数量指示売買であるというべきである。

被告は、本件売買は、契約の要素に錯誤があつたから、無効であると主張するけれども、これを肯認するに足る証拠はないから、右主張は採用できない。そうすると、原告は、被告に対し、不足面積分に相当する代金の減額を請求し得るものである。

ところで、原告は、本件売買における不足面積は、149.93平方メートル(45.35坪)であると主張するので、この点につき判断する。

被告が、本件(一)の土地の北側四九平方メートルを訴外天理教に売却したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右売渡した部分を除いた本件(一)、(二)の土地の実測面積が、415.35平方メートルであることが認められる。他に、右認定を覆えすに足る証拠はない。原告は、訴外天理教に売渡した四九平方メートルをも不足面積としているけれども、〈証拠〉によれば、原告は本件(一)、(二)の土地全部につき所有権移転登記を受けていることが認められるから、原告は、本件(一)、(二)の土地につき対抗要件を具備しているので、右四九平方メートルについても完全な所有権を取得しているわけであるから、右四九平方メートル部分については、不足面積とすることはできない。そこで、結局、契約面積合計565.28平方メートルから、実測面積415.35平方メートルと訴外天理教に売渡された四九平方メートルを控除した100.93平方メートル(30.53坪)が不足する面積である。従つて、原告が請求し得る代金減額請求は、右100.93平方メートルに売買代金である3.3平方メートルに当り金七六、〇〇〇円を乗じて得た金二、三二〇、二八〇円の範囲において理由がある。

次に、原告の履行利益による損害賠償の請求につき判断する。

特定物売買における売主の瑕疵担保責任は、売主の善意、悪意、あるいは有責か無責かに関係のない買主側の信頼を保護する制度であつて、売主の債務不履行に対する責任ではない。従つて、その損害賠償の範囲は、契約が完全に履行された場合に相手方が得たであろう利益、いわゆる履行利益には及ばず、相手方が瑕疵のないものについて、売買契約が完全に成立したと信頼したために被つた損害、いわゆる信頼利益に限ると解するのが相当であるから、原告の履行利益の請求は理由がないといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は、前記認定の限度において、正当として認容し、原告のその余の請求及び被告の反訴請求は、いずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。 (青山惟通)

物件目録〈略〉

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